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craftsman 陶工

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宇佐美 裕之
陶芸家/料理人
生年月日:1977年3月9日

臼杵生まれ 
大阪芸術大学卒
石仏観光センター・郷膳うさ味代表

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薬師寺 和夫
陶芸家
生年月日:1968年2月13日

1998年エラン工房にて作品を発表
し始める。コーヒーカップや動物のオ
ブジェなどを中心に制作。


USUKIYAKU 臼杵焼

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臼杵焼きの起こりは、寛政11年(1799年)に稲葉家十代藩主稲葉弘道が隠居した2年後、
享和2年正月(1801年)です。藩が末広の善法寺の山奥の谷間に窯場を開き、奉行をおい
て監督させていました。隠居して伊賀入道と称した弘道は、画を好み、自らも人物、花鳥を
描くという風流殿様で、文化、芸術に趣味の持った入道の希望で臼杵焼が始められたのでは
ないかと推測されます。

臼杵焼きは、窯場を藩の直営としたので『臼杵焼』と呼ぶが、窯が末広地区に築かれたので
『末広焼』とも呼び、また、窯のあったところを皿山と呼んだので『皿山焼』とも言います。
職人は島原三重町、筑前小石原村、延岡小峰町出身で、島原から来た者は磁器を作りその
のものは陶器を焼きました。陶器の原料となる粘土は付近で採れましたが、磁器の原石は
く島原や伊万里から運ばせていました。島原工人の磁器が今の人々の言う末広焼で、皿や
などが残っています。特徴は、一般的に純白で薄手の物が多く、染付けも時々見かけられ
す。陶器は主として日用雑器で、茶わん、急須などが多かったようです。

窯場は文化元年(1804年)から6年ごろまで栄えていたようですが、士族の商法、ご隠居
様の趣味だけでは赤字は免れず、文政12年(1829年)に、皿山はまたもとの雑木林に
なったといいます。

2015年現在、臼杵市で二人の職人が「現代版」臼杵焼のブランド化を試みています。臼杵
市在住の陶芸家 宇佐美裕之(うさみひろゆき)氏と、佐伯市の「エラン工房」で活動する
陶芸家 藥師寺和夫(やくしじかずお)氏です。

普段は作風の異なる二人が、昔の臼杵焼の特徴を引き継ぐ白磁器と、地元臼杵の土を使って
焼く陶器を「現代版」臼杵焼として、共同で作陶している。料理人でもある宇佐美裕之は、
「県内外で、大分県出身の料理人に『臼杵焼』を使ってほしい。器を通して会話は広がる。
お客さんに臼杵の魅力が伝わり、臼杵に人が呼べたらいい。」と話しています。

これは、かつて臼杵に存在した皿山や焼物の歴史を伝えつつ、これから新しい歴史を紡ぐ
「現代版」臼杵焼を広めていこうというプロジェクトです。

臼杵焼取り扱い店舗

YUMEYA KAI.
大分県臼杵市二王座160番地

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廣田 典明
YUMEYA KAI. 店主

某雑貨販売店を経て、2014年10月、輸
雑貨とUSUKI Craftsのセレクトショッ
「YUMEYA KAI.」をオープン。「モノ
夢を見る道具」という観点から、モノやコ
トを通して、ヒトが喜び楽しめる店づくり
を目指している。

なかでも、臼杵焼は自身が持つ輝きと臼
焼の再興を目指す熱意に惹かれ、市内では
唯一の臼杵焼の取扱店として普及に努めて
いる。